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© 住宅での受動喫煙被害を考える会・兵庫

臭いのプロに聞くタバコ臭

当会で行ったアンケート調査が紹介された5月24日付産経新聞Web版「『臭いにおびえて転居』の現実 コンセント穴から隣家のタバコ臭 抗議でクレーマー扱い」で、「臭気判定士」としてタバコ煙についてコメントされている石川英一さんにお話を伺いました。

 


石川さんがお持ちの「臭気判定士」という資格についてお聞かせいただけますか?

「悪臭防止法」という法律の中に、規制基準値を守っているかオーバーしているかを、人間が臭いを嗅いで判断する「嗅覚測定法」という技術が定められています。注射器などを使って臭いを希釈して嗅いでいくという完全なアナログ技法なので、誤差が出る可能性があります。その誤差を発生させないよう、高い精度管理能力を持った専門の技術者として定められたのが「臭気判定士」という国家資格です。

 


国家資格なのですね!

はい。
なお、臭気判定士免許を取得してから10年間現場で経験を積むと「臭気対策アドバイザー」という上位の資格を取ることができます。この資格を取得するためには、それまでの現場経験などで書く論文や面接などが必要で狭き門です。

 


「臭気アドバイザー」とは、実際にどのようなお仕事をされているのでしょう。

臭いを扱う公的資格は臭気判定士しかいませんので、臭いの測定や苦情に対する対策を講じることが主な仕事です。住宅やホテル、店舗などの臭いの原因究明、空気清浄機の性能評価などを行っています。

 


そもそも、「臭い」とは何でしょうか。

「ガス状の化学物質」です。しかしそれが全て「臭い」なのかと言えばそうではありません。「酸素の臭い」「水素の臭い」などはわかりませんよね。もう少し細かく説明すると、「一定の条件下にある化学物質で、人間の鼻から吸い込まれて嗅覚粘膜に溶けこんで、臭い受容体に反応するもの」です。逆方向から説明すると、「およそ40万種類の化学物質、その分子を、人間が吸い込むと『臭い』として感じられる」となり、こう表現する方がわかりやすいと思います。

 

タバコの臭いで苦しんでいる方の中には、喫煙者や周囲から、「神経質」「被害妄想」などと非難される、いわゆる二次被害に遭うことが多いです。臭いの感じ方の個人差について教えてください。

嗅覚器官(鼻)の物理的な構造にほとんど変わりはありませんが、個人で持っている遺伝子の影響で、ある特定の物質に対して臭いを感じやすい、感じにくいことが証明されています。また、その臭いを経験したことがあるかないかによっても感じ方は変わり、一般的に加齢と共に臭いを感じる能力は低下していきます。

 

では、タバコ臭を苦痛に感じている人は、個人の遺伝子の問題で「神経質」に感じているのでしょうか。

臭いの感じ方は人それぞれであり、「神経質」と決めつけることはできません。例えば納豆の臭いが苦手な人に「神経質」と言う人はあまりいないと思います。つまり臭いに対して好きか嫌いかがまずあるわけです。そして苦手な臭いを感じ続けることは非常に大きなストレスとなり、苦痛であるのは当然だと言えます。

 

タバコ臭にさらされ続けると、遠くで吸っているタバコ臭も敏感にわかるようになると、被害者の方からよく聞きます。継続的に臭いを嗅ぐ(嗅がされる)ことによる影響はありますか?

日常的にタバコ臭にさらされることは、先ほどの話で出たように、非常に大きなストレスで苦痛です。そしてそのストレスを避けるために、体はできるだけの防御反応を取ります。ストレスにさらされる環境を避けようと、ごく薄いタバコ臭も検知して忌避しようとしているのだと思います。継続的に不快臭にさらされると、ストレスによってさまざまな健康影響が発生します。なによりタバコ臭には健康被害を与える化学物質が含まれています。影響の内容はおおむねシックハウス症候群に似ています。

 


逆に、臭いが健康を守ってくれている側面もありますね。

人間が敏感に感じる臭いとしては「腐敗臭」「カビ臭」「こげ臭」があります。これは傷んだ食物を食べない、火が身近に迫っているなど危険を知らせる臭いであるため、人間の動物的本能が反応するからです。

 


マンションなどで、隣接する部屋のタバコ臭が漏れて入ってくることはありますか?

建物の構造によりますが、あり得ます。いちばん起こりやすいのは喫煙した煙をキッチンの換気扇で排気する場合です。タバコ臭を含んだ排気は、ベランダ、または共用の外廊下に出されます。どちらの場合も、タバコ臭はベランダや廊下に拡散します。そしてマンションの構造上、ベランダ側にも廊下側にも部屋の空気取り入れ口(給気レジスター)があることがほとんどです。ですから排出されたタバコ臭は、隣接する部屋の給気レジスターから侵入する恐れがあります。

 


給気レジスターを閉じてしまえばタバコ煙は侵入しないのでしょうか?

タバコ煙の侵入を防止するためにレジスターを閉じると、今度は部屋の中の気圧が低下します。キッチンのレンジフードを使わなくてもトイレの換気扇などは止めないことが多いので、換気扇が排気した分の空気をどこからか引っ張ってこようとして、壁の内側や天井裏にある空気が、壁の照明スイッチやコンセントから部屋の中に入ってきます。2003年7月の建築基準法の改正で、それ以降建築されるすべての建物には24時間換気システムを設置することが原則義務化されました。換気扇を使えば、近隣からの臭いは必ず入ってきます。

 


ほかに考えられるタバコ臭の侵入経路はありますか。

はい。
築年数が経った古目のマンションでは、各部屋の仕切りがしっかりできていないため、電線などを通すために壁や天井(スラブ)に穴が開いていることがあります。そこから、隣や上下階の壁や天井裏の空気を吸い出すので、隣室で喫煙されればタバコ臭はそのまま入ってきます。

近隣の住居からタバコ臭が侵入する現象について、当ブログの「マンションの別の部屋から流れ込んでくる臭い」で2014年8月1日にNHKで放送された「きわめびと」の内容をご紹介しました。
この現象は韓国でも「層間喫煙」と呼ばれ、問題になっています。*1

ここで注意しなければならないのは、臭い対策をして近隣から流れ込むタバコ臭が軽減、もしくは感じなくなったとしても、それが受動喫煙の軽減・消失につながらないことです。
環境タバコ煙はさまざまな化学物質で構成されており*2、その中には、石川さんのお話にある酸素や水素のような臭いがわからない物質も含まれています。臭いが軽減した・臭いがわからないから、害が軽減した・害がないということにはなりません

「化学物質が少なくなったとしても、健康に及ぼす悪影響が小さいことを意味するものではない」
このことは、加熱式タバコのパンフレットなどで、タバコ企業自らが認めていることです。
*3

 

*1 上階騒音で殺人事件まで起きているのに、層間喫煙は?(ハンギョレ新聞、2014.7.9)、社説 層間喫煙も紛争レベルでのアプローチを(国民日報、2014.7.10)

*2 たばこ対策の健康影響および経済影響の包括的評価に関する研究(厚生労働科学研究費補助金、循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業、平成27年度 総括・分担研究報告書)からたばこの煙の成分に関する調査(1)たばこの煙の成分に関する調査(2)たばこの煙の成分に関する調査(3)加熱式たばこなど新たなたばこ製品の成分分析と受動喫煙による健康影響の研究(厚生労働行政推進調査事業費補助金、令和3年度 総括・分担研究報告書 )

*3 加熱式タバコの有害性について(日本呼吸器学会ホームページ、禁煙推進委員会からのお知らせ)